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Posted on 04:22:19 «Edit»
2013
05/16
Thu
Category:コンシューマ

ゲームを振り返る[1] 

やーやーやー(=゚ω゚)ノすごくお久しぶりです。篠原です。
お元気でしょうか(゚Д゚)ノ僕は元気です。


何の気なしに、スカイプ友達と話してた時にファミコンの話題が出まして、
探せばあるかも…ぐらいの軽い気持ちで自宅の『開かずの間』に踏み込みましたら
エラいモンがゴロゴロと出てきたんで、ゲームの歴史を交えながら
エントリーを書こうかと思ったワケです(・∀・)。腐ってもゲーマーな僕です!←


さて、今回はゲームの歴史を追う為に、″ゲーム業界.COM様″より、引用させて頂きながら、
個人的に懐かしい思い出を語るシリーズです(笑)
正直、幼少時代からゲーマーだったので、ある程度は網羅しておりますが
流石に知らないモノもありますので、それはご了承ください(´¬`)えへ。
(※尚、自分の撮った写真以外の画像等は各サイト様へのリンクを貼ってます)



ではでは、タイムスリップみたいになりますが(笑)、はじめてみましょう(=゚ω゚)ノ




時代は遡ること、1983年。コデさん初めてゲームに触れる年。



■1983年
 ファミリーコンピューター【任天堂】
※豆知識ですが任天堂は元々、『任天堂骨牌』という社名で
  花札やトランプを作ってる会社でした(・ω・)
Famicom.jpg

もう言わずもがな、ってトコでしょうね(笑)誰でも知ってるファミコン。
10年ぐらい前に出たNEWファミコンて、今まだ売ってんですかね…?
この画像のコントローラー部分を見て、何も思わなければ一般人でしょう。
ファミコンの初期型ってのは、実はゴム製の四角ボタンでした。
耐久力が非常に弱く、ゲームの性質上連打する事が多かったので、すぐゴムが切れてました。
交換用のゴムは売ってたんですが、コントローラーを自分でバラして付け替える必要があった為
めっちゃ面倒だったのを覚えてます(=_=)。
後に、画像のようなプラスチック製の丸ボタンがデフォルトになりました。

発売当初はサードパーティーが全く参入していなかったので、
任天堂が単独でソフトを発売しておりました。

IMG_0141.jpg
デコさんの開かずの間から発掘されたソフトたち。(初期シリーズ)
当時はイラストとか全く入ってない同じデザインで、ソフトをカセットの色で区別してました。

翌1984年に初のサードパーティとしてハドソン『ナッツ&ミルク』というソフトを発売したそうな。

natumiru.jpg
幻覚楼様より

コレ私知らんですなぁ…。持ってなかったんでしょう。
ハドソンらしく、ラベルが「Hu」って書いてありますな。
同じハドソンからのソフトで同じものが自宅にもありました(=゚ω゚)ノ

IMG_0142.jpg
ロードランナー。有名だと思うんだけど…?
今見て気が付いたけど、「Road Runner」じゃなかったんだな……(゚Д゚)…
"道″だと思ってたんだけど、辞書引いたら「Lode=鉱脈」だそうな。なるほど。


その後、続々とサードパーティが参入し始め、1年で100本以上の新作ソフトが出るまでになります。
メーカーもカセットそのもののデザインに工夫をするようになったので、
カセットの区別が付きやすくなりました。


IMG_0143.jpg
任天堂のカセットもイラスト入りのラベルが貼られるように。(※チャレンジャーはハドソン)
メーカーによっては角ばったカセットだったり、角が丸くなってたりと工夫があったねぇ。
ナムコは角ばったシャープな形で、頭の部分にゲームタイトルが貼られたりとかしてて
片づけ箱の中に入ってても、見つけやすかった印象がある(・ω・)
ジャレコとかバンダイは独自の形で解りやすかったしなぁ……。

IMG_0144.jpg
FF2と3。奥の方にSFCのFF4写ってますが(笑)
DQも2と3と4が出てきた。


IMG_0146.jpg
有名そうなソフト並べてみました(=゚ω゚)ノ。
多分誰もが目にしてるか、タイトルは聞いたことあるようなソフト。
カセットの基盤面積を増やす為に、縦にデカいカセットもあったりするんです(・∀・)
(光栄の歴史シミュレーション・ゴエモンシリーズとかがデカい)

やっぱレア物と言えばコレでしょう。見つけて大爆笑したwwwww



IMG_0138.jpg
ファミコンジャンプー!!!!ヽ(・∀・)ノ懐かしすぎる!!!
未だに「謎のモノリス」が謎すぎて…(笑)







因みに、ファミコンには後に「周辺機器」と呼ばれる、PCと同じように付属物を取り付けて
ゲームをするものも多数ありました。
ファミコン世代が周辺機器で恐らく一番最初に思い浮かぶのが『ファミリートレーナー』でしょう。

family_trainer.jpg
ゴキブログ様より

表にはコントローラー、裏は数字パッドと、ゲームによって両面を使い分けて遊びます。
興味あったら「ファミリートレーナー」でググればYoutubeあたりに動画が上がってます。
ゲームプレイ番組「ゲームセンターCX」では有野課長が『たけしの挑戦状』でこのマット使ってます(笑)


私の中では、周辺機器の代表格は断然コレ!

071.jpg
ゲームでYouTube様より

ファミリーコンピューターロボット。
※ウチにも居るんですが、押入れの奥深くに埋葬されてる為に出して来れなかった(爆)

でもソフトは出てきたよ!ヽ(・∀・)ノ

IMG_0145.jpg
ロボットでやれるゲームは2本しか出ておりません(笑)
そしてその2本が揃って発掘されるという奇跡的な現象ががががg(どんだけ

単純にどんなゲームなのかと申しますと、
ゲーム画面(TV画面ね)で、ロボットへの行動命令を出し、
画面から発する光信号でロボットを遠隔操作する……というモノです。
詳しくはYouTube見てくれた方が早いかもしれない…(爆)
ロボットをTV画面に向かせて、TV画面から直接チカチカと赤い光(だったと思う)を出して
それを受けたロボットが命令通りに動く仕組みになってます。
ただ、ホントにTV画面から直接光がチカチカするんで、今じゃ絶対発売禁止にされるだろう…
だってポケモンショック以上の光が出るんだもの(゚Д゚)

斬新ではあったと思う。…けどまぁ長く続かなかったねぇ。
何せ、ロボットの動きが超絶スロー。
ジャイロ・ブロックの2本のソフトの中には、ロボットを操作してクリアしていくゲームも
あったにはあったんですが、ぶっちゃけた話、
「人間が指で台座の操作した方がストレス溜まらない」
という結論に達してたりしてなかったり(ロボット意味ナシ
でも、そこそこ愛着のあるカワイイ奴ではありました(笑)世話焼けるけどwwww






流石に歴史に名を轟かせるだけあるファミコンなので、初っ端から長くなりすぎた(ノ∀`)
どんどん行きましょう。もう長くなるの覚悟でガンガン書くぜ!(爆)




 SG-1000&SC-3000【SEGA】
gameki-sg1000.jpg
スーパーファミコンソフト攻略様より

セガが初めて出したコンシューマーゲーム機。
ファミコンと同様にカセットROMを差し替えて遊ぶタイプのハードです。
デコさん、存在は知ってましたが持ってませんでした。
調べたら、ツクダオリジナル発売のオセロマルチビジョンとの互換性があったそうで。
多少ゲームの歴史を辿れる人には、よく耳にするネタだとは思いますが
ファミコンと同じ日に発売されるという数奇な運命に弄ばれたハードです。

……と言うかもう、SEGAだけは気の毒なぐらいタイミングが悪いという
イメージが付いてるのは私だけではないと思います(苦笑)
凌ぎを削るゲーム全盛期の始まる以前から、SEGAはこの奇跡的とも言えるタイミングの悪さで
以降も色々とハードに関しては辛酸を舐める事になります(´・ω・`)






■1984年
 ファミリーベーシック【任天堂】
6800000100670.jpg

ファミコンの周辺機器。
ファミコンに専用のソフトを刺し、コントローラーコネクタにキーボードを接続して使います。
名前の通り、ファミコンを介してベーシックのプログラムが組めるというもの。
メモリ容量は少なかった為、簡単なプログラミングしかできなかったようです。
でも、今ならコレ欲しいと思うな…(゚Д゚)…(笑)←PCでコレ以上が実現できても欲しいと思うバカ






■1985年
 セガ・マークⅢ【SEGA】
20041102163323.jpg
レトロゲームDB様より

SEGAが満を持して発売したハード。
SG-1000の後継機として、下位互換がある上にファミコン以上のハード性能を持った優等生。
任天堂のファミコンと対抗する目的に開発され、SEGAが本気を見せたハードとも言います。
アーケードからの移植ゲームとして「ファンタジーゾーン」「R-TYPE」「アフターバーナー」
またPC移植ゲームとして「イース」などが代表ソフトとして挙げられます。
因みに、今ではオンラインをメインに動いている「ファンタシースター」の初出もセガ・マークⅢから。

性能はすこぶる良く、当時としてはグラフィックも美麗だった記憶がありますが、
セガ・マークⅢには機体性能だけでは対抗できない、致命的な原因がありました。

サードパーティの参入がほぼ無く(1社だけだったそうな)、ソフトのタイトル数が伸びなかった事と、
セガ・マークⅢ発売直前に、任天堂が「スーパーマリオブラザーズ」を発売した事。
サードパーティーが多数参入し、ソフトメーカーからもユーザーからも人気のあった
ファミコンに対抗するには、またもやタイミングが悪すぎた…という事態に陥り、惨敗を期すことに。
既に任天堂はサードパーティ参入で、飛ぶ鳥を落とす勢いだったですからねぇ…( ̄_ ̄)
いくら性能が良くても、これから出るソフトの数を考えたら、やっぱハードに手を出すよりは
スーパーマリオ買いますわな…(苦笑)
因みにデコさんもスーパーマリオ買いました(´¬`)。






■1986年
 ディスクシステム【任天堂】
71bb37bebf0935474a7987dbd92bc6c716ef4f2b.jpg
赤いのはトマトです様より※ニコ動でゲームプレイ実況してるガッチマンさんのサイト

任天堂がカセットROMからクイックディスク(フロッピーディスクではない)にメディアを変え、
データを上書きする事で、ゲームソフトを"書き換え"て遊べるようにした専用ハード。
ファミコンに接続する必要があるので、単体では動きません。

当時、ファミコンと言えばカセット、と言えるほど定着したカセットROMですが、
量産がしにくく、コストも割高になるというデメリットがあった為、
爆発的に人気の出たソフトなんかは追加製造が追いつかず、何か月も入荷待ちを強いられる事が
少なくありませんでした。(ドラクエ3とかが良い例ですな)
今でこそCD-ROMやDVD-ROM媒体のソフトは、データ焼き込みするだけで簡単に量産できますが
カセットROMは基盤から作ってましたので(苦笑)、量産するには向いてなかったのです。

ディスクシステムの利点は、従来のカセットROMよりも保存できる容量が大きく、
プレイデータをセーブすることができたのと(カセットROMのセーブはパスワードによる疑似セーブ)、
データを書き換える事で、安価で新しいゲームを購入できるという事です。
最初にクイックディスク1枚買っておけば、後は500円で他のゲームデータを上書きすることで
別のゲームソフトとして遊ぶ事ができます。
これも画期的でした。書き換えもそんなに時間かからなかったし、流石任天堂だけあって
書き換え機は全国どこにでも点在してました。(オモチャ屋に置かれてた事が多かった)

カセットROMで人気を博した「スーパーマリオブラザーズ」の第二弾は
ディスクシステムの最初のソフトです。ブロック叩いて出るキノコに毒キノコが実装されました。
…が、毒キノコって2でしか出てる記憶が無いので、相当不評だったんだと思われ(笑)
あと、ゼルダシリーズもディスクシステムが初出ですな。

ディスクシステムで覚えてるタイトルは結構あるなぁ…。
スクウェアが出してた「飛び出せ大作戦」は3Dメガネで立体的に見えるゲームだったし、
(3Dメガネ=赤と青のセロハンが貼られた、皆よく知ってるメガネです(笑))
最近リメイクされた「パルテナの鏡」もディスクシステムが初出。
任天堂が出したアドベンチャー推理ゲーム「ファミコン探偵団」とか「桃太郎伝説」とか。
そういやミポリン(中山美穂)のゲームもありましたね…ゲーム中で出てくる電話番号に
実際に電話かけたらミポリンからヒントか何かが聞ける…とかってんだったと思いますが。

そこそこゲームタイトルも出て、人気だったディスクシステムですが、
後継機は出る事なく終焉しました。
ゲームソフトとしてはデメリットが大きすぎたのが原因だったのかな…と。
ディスクの形状から、どうしてもディスク部分が剥き出しになってしまう為、
そこからホコリや汚れが入り込み、データの読み込みに失敗する事が多くて
ディスクそのももの修理も頻繁に行われてました。
ホコリの侵入を阻む為、シャッターの付いたディスク(青色)もありましたが、
それより問題だったのが、磁気データの脆弱性。
磁石なんて近づけようモンなら、ソフトのデータごとスッ飛びます(ノд`)

今でも覚えてるよ…ドラクエ3の『ぼうけんのしょ』消えた時ぐらいショックな…

ディスクエラー番号「27」ェェェェェ……!!!!
※大体「ERR.27」って出たらディスクごと修理せにゃイカンかったのです__○_


そんなこんなで、ファミコンの次世代後継機としては成り立つまでには至りませんでした。
これ以降、任天堂はNINTENDO64までメディアをカセットROMで貫き通していきます。


(蛇足ですが、ディスクシステム発売直後にディスク容量を上回る容量を持ったカセットROMが
出てしまったので、任天堂もディスクシステムに拘る必要が無くなった…というのも
一代で終了してしまった原因だったりします。)







※[2]に続く!
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